美術工芸史家 池田まゆみ
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18世紀アンティーク・ボックス かぎたばこ容れ《愛のメロディー》

 今回は、たいへん貴重な18世紀ロココ時代の嗅ぎたばこ容れをご紹介したいと思います。この嗅ぎたばこ容れは、中に仕切りがあり(写真4)、蓋も左右に別れそれぞれ別々に開くようになっています。紅茶にも朝食時に飲むモーニング・ブレンドや、午後ののアフタヌーン・ブレンドがあるように、嗅ぎたばこにも朝昼晩と一日の時間に合わせ、また熟成したり香料を効かせたり、産地の違う二種類のたばこを混ぜたり、その人の好みにあわせて様々なブレンドがありました。このふたつに仕切られた嗅ぎたばこ容れは、18世紀貴族のそうした優雅で贅沢な暮らしを忍ばせています。
 ボックスには金属製の素地が使われ、低温で溶けるガラスの粉に顔料を混ぜた「エナメル顔料(仏語のエマイユ)」を焼き付けたいわゆる「七宝焼」で、音楽をテーマに美しい絵付けが施されています。さらに蓋の周りや容器の角は、金を盛り上げた豪華な枝葉文様で飾られています。ヒンジ(口金)は純銀製です。
絵付けは(写真1)、バラ色を中心にした華やかな色合いで、遠景にイタリアの風景を思わせる湾を望み、左側にチェンバロ(仏語:クラヴサン)を弾く女性、右側に手に笛をもち譜面台の上で踊る男性が描かれ、男性から女性に向かって一羽の鳥が笛を運んでいます。女性の何ともふいをつかれたような驚きの表情、これは愛の告白の場面でしょうか。譜面台の左右にはロウソクが二本立っています。面白いですね。18世紀には電気がないので、ロウソクで手元を照らしていたのです。
 美しい豊かな自然を表すフランス語「ナチュール・リアント」(自然が笑う)という表現を彷彿とさせる景色の中で、まさにこの明るいのびのびとした筆、ちょっとのどかさを感じさせる茶目っ気のあるコケットリーな人物の表情は、18世紀そのものです。
 蓋の内側、ボックスの側面、そして底の裏面にも丁寧な絵付けあります。裏面真中にリボン結びになった楽器のモチーフ(写真3)、これは現在のスポーツ競技で優勝したときに与えられる「トロフィー」の語源にもなった、西洋美術では定番のモチーフ「トロフィー」、もとはいくさ戦の戦利品である武器などを誇らしげに描いたものでしたが、泰平のロココの御世には、タンバリン、トランペット、カスタネット(でしょうか?リボンの先に見える二枚の貝のようなもの)、こんな楽しげな楽器に変身しています。この筏(いかだ)のような四角いものも「ダルマシー」という楽器だそうです。中が空洞の箱に弦が張ってあり、バチで弦を叩いて演奏します。
 18世紀には金・銀に高価な宝石をふんだんに使った嗅ぎたばこ容れが全盛でしたが、真っ白なエナメルを塗ったこの作品は、ひょっとすると雪のように白い磁器製のボックスをイメージしたものではないでしょうか。これはフランス製のボックスですが、制作年の1756〜62年頃には、「硬質磁器」(中国磁器と同じカオリンを原料とした磁器、リモージュ物語[1&2]参照)の製法 が 、まだ普及しておらず、 ドイツのマイセ だけがその秘法を独占していて、フランスでは今だ磁器を焼くことが出来ませんでした。


嗅ぎたばこ容れの用法について「たばこと塩の博物館」学芸員谷田有史氏に、楽器については「浜松市楽器博物館」学芸員岡久美子氏に、ご教示いただきました。この場をかりて感謝いたします。

1.蓋の絵柄

2.全体

3.底の裏面

4.蓋の内側、容器に仕切りがあります

5.蓋は左右分かれて開きます

エナメル彩 18 世紀ボックス《音楽》
1756〜62 年  フランス製
高さ 2.5cm  幅 7.6cm  奥行き 6.0 cm
(所蔵者:有限会社 堂々)
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