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リモージュ物語-3

美術工芸史家 池田まゆみ 略歴 >>

リモージュ焼きの誕生

名行政官チュルゴとリモージュ窯の奮闘

前回はリモージュ郊外でカオリンの鉱脈が発見され、フランスで本格的な「硬質磁器」が焼かれるようになった経緯をお話ししました。 1769年12月21日、ヴェルサイユ宮殿の国王ルイ15世の前に、リモージュの土で焼かれた磁器が献上され、悲願が達成されました。 リモージュ産のカオリンは非常に品質がよく、王立セーヴル窯以外に、パリの窯元や諸外国からも注文があいつぎ、新たな磁器ブームが起こったほどでした。 ところが、リモージュの街で磁器窯を開こうとする者は、いませんでした。 磁器の製造は、それほど資金がかかり、難しいものだったのです。

リモージュのあるリムザン地方は地下資源に恵まれ、石英やペグマタイトなど窯業に適した原料や、燃料になる木材、そして良質な水資源が豊富にあります。 陶土を産するだけでなく、完成品まで一貫生産できれば、街はもっと潤う筈です。 リムザン地方を治めていた地方長官アンヌ=ロベール=ジャック・チュルゴ(1727~81年、後の国家財務監査官)、新たな産業を興すべく、市内の裕福な商人グルレ兄弟と、陶器工房の経営者ジョゼフ・マシエを説得し、両者の共同事業として、1771年3月1日「リモージュ磁器製作所」La manufacture de porcelaine de Limogesを設立させました。

工房を任されたマシエは製法を入手したものの、1300℃以上の高温を要する磁器窯の構造がわからず、当初は失敗を繰り返すばかりでした。 チュルゴはセーヴルの王立窯に問い合わせますが、セーヴルは頑として秘密を明かしません。 国王ルイ15世は自分の窯の特権を守るため、製法を独占しておきたかったのです。 仕方なくマシエは自力で窯を完成させ、最初の成功にこぎつけました。 その記念に焼かれたのが、街の人々のために勇気を奮った名行政官チュルゴを憲章する紋章入りのメダルです(写真―1) 。

初期の製品の出来栄えはなかなかのものでしたが、とにかく失敗を重ねたために、とても高くついたようです。 加えて当時フランス国内で磁器を販売するには、法外な税金を納めねばなりませんでした。 遥々極東から帰還した東インド会社の貿易船が、ロリアンの港に伊万里や景徳鎮産の磁器を荷揚げしたときの関税が、1キンタル(=50kg)当り6リーヴルであったのに対し、ヨーロッパ産の磁器製品をフランス国内で流通させるには、なんとその6倍の36リーヴルの税金が課せられたのです。 チュルゴは思案の末、1774年ルイ16世の弟で、親族領としてリムザン地方を与えられたアルトワ伯爵(王政復古時代の国王シャルル10世)の庇護を受け、工房は「アルトワ伯爵磁器製作所」La Manufacture du comte d'Artoisと呼ばれるようになりました。 同時に関税制度も撤廃され、工房は順調な発展をみせ始めました。 それでも、出資者のひとりガブリエル・グルレの記録によると、陶土の販売から挙がる利益が年間2万リーヴル、工房からの利益はわずか300リーヴルと、工房経営より原料販売の方が、はるかに利益が上がったようです。

設立から13年後の1784年、リモージュの磁器工房は結局、国王に買い取られ「フランス王立磁器製作所」La Manufacture royale des porcelaines de Franceとなり、セーヴルの兄弟窯として、セーヴルをしのぐ品質を達成し、フランス革命までの間に、最初の黄金時代を迎えました。 1771年に遡る伝統あるリモージュの旧王立窯 L'ancienne manufacture royale de Limoges (「ロワイヤル・ド・リモージュ」)は、現在も残り、格調高い王朝時代のリモージュ焼きを今日に伝えています。

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1. チュルゴの紋章メダル
1771年 直径.8.8cm
(アドリアン・デュブッシェ国立陶磁博物館蔵)

地方長官チュルゴの紋章をレリーフにしたメダル。リモージュで磁器焼成が達成された1771年に記念として焼かれた

チュルゴの肖像メダル
1774年 直径13.7cm
(アドリアン・デュブッシェ国立陶磁博物館蔵)

行政官としての腕をかわれたチュルゴは、のちに国務大臣に出世した。肖像の周りに「国家財務監督官A.R.J.チュルゴ」の文字が刻まれている

コ-ヒー・セット
1784年以降 高さ最大 12.5cm
(ルーヴル美術館蔵、アドリアン・デュブッシェ国立陶磁博物館寄託)

初期のリモージュ焼き、コーヒー・カップ2脚にコーヒー・ポットと砂糖入れ一式が揃いのトレーに載る。円筒形のカップに深皿が付属する組み合わせはリトロン型と呼ばれ典型的なフランス型のカップ。ルイ16世時代に好まれた愛らしい真紅のバラが絵付けされている

写真資料―Chefs-d'ouvre de la porcelaine de Limoges 1996 RMNより