美術工芸史家 池田まゆみ 略歴 >>
ロココ貴族の優雅なアクセサリーの物語
リモージュでは18世紀の王朝時代から、地元で産する良質なカオリンを利用して磁器製のボックスが作り始められました。 ボックスについてよく聞かれるのは、「これは何に使うのでしょうか」、というご質問です。 ボックスは、ボンボニエール(キャンディー・ボックス)、嗅ぎタバコ容れ、付けぼくろ容れなど様々な用途に活用されてきました。 ボックスの起源は、中世に遡るといわれています。 アニスの実や砂糖菓子を入れた小さな容器を、印籠のように腰のベルトに結び付けて携帯したのが始まりです。 宮廷文化が花開いた18世のロココ時代(1730~70年代)、フランスを中心に嗅ぎタバコが流行し、その容器として蓋付きの小ボックスが貴族のあいだで脚光を浴びました。 初めは金銀細工製で、宝石や真珠をちりばめ、七宝焼きの細密画で贈り主や相手の肖像、神話の場面を描き込んだ、凝った作りのもので、それらはしばしば愛の証しとして夫婦や恋人同士のあいだで、また君主から臣下への信頼のしるしに、あるいは外国君主との友好親善のプレゼントに活用されました。 やがて陶磁器の製法が発展するにつれ、鮮やかな色絵付けを施した磁器製のボックスが広まり、なかには愛嬌あふれる動物や野菜そっくりの形が登場し、人気を呼びました。 18世紀の貴族たちは、ドレス・アクセサリーとして、そうしたボックスを、ポケットに忍ばせ持ち歩いていたそうです。 贅をつくした宮廷生活で、一番恐れられたのは「退屈」。 ポケットからそっとボックスを取り出すその瞬間、思いもよらぬ趣向に注がれる驚きの視線は、持ち主の自尊心を、どれほどくすぐったことでしょう。 華やかな会話に花が咲き、笑い声がさざ波のようにこぼれてゆきました。 王室付きの宝飾品商ラザール・デュヴォーの帳簿には、「エチュイ」(鞘(さや)型のケース)または「ボンボン容れ」の表記で、ボックスの販売や修理の記録が幾つも掲載されています。 国王ルイ15世の愛妾ポンパドール侯爵夫人の購入記録もみられます。 芸術文化の庇護者、ロココの女王として名高い彼女は、1754年12月に、「磁器製アスパラガス形」のボックスを購入しました。 アスパラガスとは不思議な印象を受けるかもしれませんが、当時アスパラガスやセロリなど野菜は、ちょうど最近のハーブのように、お洒落で「現代的」なモチーフとして、宮廷の食卓を飾る銀食器の装飾にもなり、人気がありました。 当時貴族や裕福な市民が亡くなると、遺産分割のために財産目録が作成されました。 そうした記録は、美術品の来歴や、工芸の歴史を知る上で大変貴重な史料となります。 マイセンやセーヴルで焼かれた小さな磁器ボックスは、宝石や銀器と同列の貴重な財産として記載されています。 当時磁器がいかに珍重されてきたかを物語るエピソードです。 |
18世紀の金製ボックス 幅8.9cm ルイ15世時代の金製の嗅ぎたばこ容れ、繊細な彫刻とエナメル彩が見事 18世紀の磁器製ボックス(復刻) 写真提供:ジーケージャパンエージェンシー(14) |